小売企業のための気象&購買データ活用法 第12回     これからの時代のお天気マーケティング

こんにちは。True Dataの流通気象コンサルタント・気象予報士の常盤勝美です。主に流通小売りに従事する皆さんに向けた本連載、1年(12回)続けて、今回で一旦区切りといたします。これまで、いわゆるウェザーMDの考え方の基本から、店舗や本部各部署での活用法、具体的な気象要素別の対策マニュアルなど、ID-POSデータを掛け合わせた事例分析を交えて解説してきました。 最終回の今回は、まとめとして、これからの気候変動時代の流通業界におけるお天気マーケティングについて、トレンドの予測と提言を行いたいと思います。

変わりゆく「日本の気候」に向き合う

2023年7月、国連のグテーレス事務総長が記者会見の中で「地球温暖化の時代は終わり、地球沸騰化(Global Boiling)の時代が到来した」と発言したとおり、2023年以降から特に夏の高温が顕著になるなど、近年、世界的に気候変動が加速しています。日本においては、夏季の猛烈な暑さ、ゲリラ豪雨、大規模な交通障害をもたらしかねないドカ雪など、個々の気象要素における現象の振れ幅が非常に大きくなっており、過去の経験則(平年並)が通用しない「極端気象」が常態化しています。

かつてのような、前年実績に基づく予測や計画は、一層通用しづらくなっていくことでしょう。売場では予期せぬ欠品や廃棄が生まれやすくなっています。この急激な気候の変化は、生活者の体感や気分の振れ幅を大きくし、日々の購買行動をより予測困難なものにしています。流通の中でも直接お客様と接する小売企業は、それを承知した上で、気候・気象にどう向き合っていくか、社内でコンセンサスを形成することが第一歩です。

気象は消費者の「無意識の欲求」を映しだす

このような激しい気候変動に直面している今だからこそ、「変わる常識」と「変わらない定石」を客観的に整理しておく必要があります。

そもそも、あらゆる生物が栄養を摂取する(食事をする)のは、生命を維持し繋いでいくことが一番の目的です。人類の進化の歴史の中で、特定の栄養素やエネルギーの不足をからだが感知したら、それを積極的に摂取しようというメカニズムが働くようになっています。

そして、そのメカニズムの中には意識的に行うものと無意識的に行うものがあります。お客様の日々の買い物の中で商品を選ぶ行為は、一見すると意識的な選択の連続に見えますが、実はなぜそれを選んだのかは、無意識の欲求に駆動されていることが多々あります。

この無意識の欲求を紐解く上で、重要な役割を果たすのが気温(体感温度)です。例えば、「寒い」という感情は体温の下がり過ぎを警戒するからだからのシグナルであり、体温を上げようとする行動(ホットメニューを欲しがるなど)が無意識的に起こります。逆に「暑い」という感情は体温の上がり過ぎを警戒するからだからのシグナルであり、体温を下げようとする行動が起こります。この関係性は、どれだけ気候変動が進行しても、一朝一夕に変わるものではありません(変わらない定石)。

一方で、気候変動に伴い、生命を維持する上での「行動の優先順位」が変わるという新たな事象(変わる常識)が近年、顕在化してきました。盛夏期、外の気温が体温を上回る水準になると、長時間の外出は命に関わります。そのため、従前であれば暑い陽気であっても外出が普通だったものが、今や命を守るために日中は家から一歩も出ないという防衛的な行動に変化しています。

今後、気候変動がさらに進めば、これまでの常識が通用しなくなる事象が次々と現れるでしょう。変わらない定石をベースにしつつ、最新の気候に合わせて変わる常識をアップデートしておきましょう。

これからの常識を把握する「分岐点温度マーケティング」

  • 最新の購買データに基づく分岐点を把握する

実店舗における売れ行きと、最も強い相関関係を示す気象要素は気温です。そのため、売上と気温の関係を様々な角度から分析することは非常に重要になります。本稿第四回でも示したように、商品によっては特定の気温をきっかけに売上伸長率が変わることがあり、それを「分岐点温度」と呼んでいます。分岐点温度がはっきりしない場合もありますが、可能な限りこの分岐点温度を求めておくことで、売場の拡大・縮小、販促の強化、適切な発注仕入れ・在庫管理など多様な意思決定に活用できます。一般的に知られている「〇℃になったらこの商品が売れ始める」という温度MD表も、このマーケティング手法の一つです。しかし、実はそれと同様に重要なのが、「〇℃になったら売上の伸びにブレーキがかかる」、あるいは「〇℃を超えると売上が減少に向かう」という、需要の上限や手仕舞いを捉える視点です。最新の分岐点温度マーケティングは、この減少トレンドまでを網羅して、より有用に機能します。

ここで、実務において注意しなければならない点があります。分析に用いている購買データは、いつ時点のものでしょうか。長年、自社で伝承的に使われている「〇℃ルール」をそのまま妄信していないでしょうか。

地球沸騰化とも言われる急激な気候変動のなか、お客様の「暑さ・寒さへの慣れ(体感)」は変化しています。10年前と今とでは、同じ商品であっても分岐点温度が1〜2℃ズレていることは珍しくありません。

気候の変化に追随していない古い基準を使い続けることは、機会損失や過剰な廃棄(ロス)につながりかねません。できれば、3~5年に一度は、直近数か年の最新の購買データに基づいて分岐点温度を調べ直し、社内のナレッジをアップデートしていくことをおすすめします。

未来への提言 -これからのお天気マーケティング

  • 「エリア単位」から「お店単位、そして目の前のお客様」へ

近年、気象データの時間・空間解像度は驚異的なスピードで細かくなっています。これは、コンピュータの処理性能向上や観測技術の進化によるものです。

一方で、気温の大きな上下やゲリラ豪雨など、気象現象そのものも局地化が進んでいます。これに対応するためには、これからのMDも局地対応が必須となります。かつては、地方単位や都道府県単位あるいは地区単位に組み立てていたMDですが、これからは「個店単位」、さらには「そのお店に来店されるお客様のパーソナルな体感」に合わせて最適化していくことが主流になるでしょう。

  • 「売り手の都合」から「お客様のウェルビーイングに寄り添う」へ

さらに一方進んだ未来では、小売業やメーカー側が「売りたい商品」を前面に押し出すのではなく、「天候ストレスにさらされているお客様のウェルビーイングを高めるために、今何が必要か」という寄り添いの視点が優先される時代へと移行していきます。

例えば、同じ気温であっても、冷えに悩みがちな高齢者層と、汗をかきやすい子どもを持つ現役世代では、からだの感じ方も行動パターンも異なります。「今日のこの気候下で、目の前のお客様はどんな体調のゆらぎを感じているだろうか」と想像し、それに応じた売場提案や個別の販促(PUSH通知など)を行います。お客様の属性と気象の組み合わせは無限に広がりますが、AI技術などを駆使すれば、これは決して遠い未来の話ではありません。

おわりに

気象データと購買データを掛け合わせて見えてくる分析結果には、単純な購買データだけからでは見つけることの難しい、消費者の様々な現実と未来への可能性が含まれています。そして、時代とともに変遷する購買傾向は、激甚化する気候変動を含めた急激な変化に対して、消費者がどのように適応しようとしているかを知る最良の「教材」でもあります。

流通小売業の発展とは、そうした消費ニーズの変化を常に正確に読み、適応し続けることに他なりません。その時、気象×購買データという教材は、時代がどのように変わろうとも、常に進むべき方向を指し示してくれる非常に有用な「バイブル」であり続けることでしょう。

データがどれだけ進化し、AIが売上を自動で予測する時代になっても、お天気マーケティングの本質は「データというバイブルを通じて、目の前のお客様の暮らしをそっとサポートする(ウェルビーイングを支える)」ことにあります。

1年間にわたり本連載をお読みいただき、本当にありがとうございました。変わりゆくこれからの時代、皆さんが気象と購買データを羅針盤にして、お客様を笑顔にするあたたかい売場を作っていかれることを、心より応援しております。

本連載は今回にて終了いたしますが、引き続きお天気マーケティングブログでは様々な情報を発信してまいりますので、引き続きよろしくお願いいたします。

〇True Dataの小売業向けソリューションはこちら             https://www.truedata.co.jp/service/retail/  

〇「常盤勝美のお天気マーケティングブログ」過去記事はこちら  https://www.truedata.co.jp/blog/category/weather_marketing

〇「小売企業のための気象&購買データ活用法」バックナンバーはこちら                 第一回 「気温40℃が夏の常識に!? 小売業は「地球沸騰化」にどう立ち向かうか」              第二回 「長期予報はもっと使える! 営業企画や販売促進への活用法」                    第三回 「2週間予報や、過去データを活用した販促のやり方」                        第四回 「気象×購買データのエビデンスに基づいた販促で、訴求に説得力を」                              第五回 「季節イベント・季節現象との付き合い方」                            第六回 「店舗での気象・購買データ活用マニュアル(基礎編)」                        第七回 「店舗での気象・購買データ活用マニュアル(実践編)」                        第八回 「店舗での気象・購買データ活用マニュアル(LSP編)」                        第九回 「スーパーバイジングにおける気象×購買データの活用」                       第十回 「本部各部署での気象×購買データの活用による意思決定」                      第十一回 「【保存版】意思決定に役立つ!要素別お天気マーケティングマニュアル」

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株式会社True Data 流通気象コンサルタント 常盤 勝美
〈プロフィール〉
大学で地球科学を学び、民間の気象会社で約20年にわたりウェザーマーチャンダイジング関連サービスに従事。2018年6月、True Dataへ入社し、気象データマーケティングを推進。著書に『だからアイスは25℃を超えるとよく売れる』(商業界)など。気象予報士、健康気象アドバイザー。